徹底的な「他者」へのまなざし−朝鮮学校への無償化適用を巡る顛末に思う。

 朝鮮学校無償化適用の流れは何とか筋道がついたと思ってよさそうな感じになってきたんだけど、それにしても今回の一連の経緯を通して浮き彫りになった問題は深刻かつ重大だと思う(産経が撒き散らすヘイトクライムなんかその問題の一部でしかない)。まだ雑駁なまとめにしか過ぎないけど、取りあえず今まで色々と考えてきたことを書いておきたい。


 この点については散々書いてきたことでもあるけど、そもそも今回の法案の趣旨を考えれば、朝鮮学校を適用対象に入れるのは当然すぎるくらい当然の流れであって、そこにイチャモンつけてきた中井なんか、本来なら相手にもされずに門前払いで終わりのはずだった。ただその時の総理が鳩山というのは運が悪かっただろう。それこそ中井が馬鹿なことを言ってきた時点で内々に一喝しておけば、ここまで問題がこじれることもなかったろうに、あの八方美人な宇宙鳩がなまじっか公共の電波で「一定の理解を示す」なんてことをのたまったばかりに、一気に反対派が勢いづきやがった。まあ産経あたりは中井の発言関係なく何かしら文句を付けてきただろうが、それにしてもあの鳩山の日和り具合がなかったら、橋下の糞は意外と静かにしてたんじゃないかと思う(ヤツも周りを見て物を言うからな)。その意味でもこの無償化適用を巡るゴタゴタに関して鳩山の責任は重い。


 けれどもっと重い責任を指摘されるべきなのは、言うまでもなく朝日・読売・毎日をはじめとする「本物の」全国紙だ(産経とか所詮全国紙まがいですから)。あいつらの論調は軒並み糞でしかなかった。もちろん朝日も読売も毎日も、当初から「原則として」無償化の適用に賛成という立場を取っていた。


 その無償化適用に「原則賛成」というロジックこそが糞だった。どいつもこいつも朝鮮学校の教育や政治的立ち位置に(それこそ産経と変わらないレベルの)罵倒を散々投げつけた上で、「まあ教育の権利という点から言えば、朝鮮学校も無償化するのが筋であろう」と恩着せがましく付け加える社説の数々。実にクソ極まりない。朝毎読(ついでに日経)のどれ一つとして、朝鮮学校への無償化適用が法案の趣旨からも当然であれば「国際条約に照らしても」適用されるべきであることを正面切って論じなかった。今思い出しても反吐が出る。


 確認しておきたいが、これら全国紙の中でただの一つでも「そもそも朝鮮学校を無償化から除外するという論理こそが常識外れのあり得ない差別なんだよ」ということを堂々と言ったか?否だ、もちろん否だ。最低でも朝日と毎日は(連中がリベラルという面の皮を被るなら)信濃毎日新聞の社説(http://bit.ly/bCEwea)くらいのことは即座に表明するべきだった。中井の妄言が報道された瞬間に、朝日と毎日はその程度の正論は言うべきだったし、その上で朝鮮学校側は、「私たちはこれまで日本社会に自分たちを知ってもらうための努力をたくさんしてきています」と返す。最低でもそこら辺がスタートラインになるべきだった。


 だけど現実はそのスタートラインのはるか斜め下だった。朝日も毎日も朝鮮学校が高校水準の教育課程を満たしている事も、無償化適用が当然だという筋道にも殆ど触れず、「朝鮮学校反日的教育は問題だ」、「独裁体制との癒着という疑惑に対してオープンになる必要がある」だとよ。どこの産経脳だマジで。


 繰り返しになるが確認しておきたい。朝日も読売も毎日も、「朝鮮学校が高校に類する教育課程を満たしている」ことにも、「法案の趣旨から無償化が適用されるのが当然だ」ということにも、「無償化除外が国際人権条約違反の明白な差別であることが国際機関から指摘されている」ことにも殆ど触れなかったこと。これは重要だ。実に重要だ。


 全国紙が軒並み法案の趣旨から見た朝鮮学校の位置づけや、国際人権条約といった論点をスルーしたことは、とりもなおさず「日本人である自分たち」が「朝鮮学校に対して」無償化を適用しなければならない「責任」から目を逸らしたことを意味している。こういう態度が産経の撒き散らすレイシズム丸出しの記事と実に巧妙な連係プレーを取っていることは指摘するまでもない。表面上は違うことを言っているようでいながら、朝毎読と産経はスペインのパスサッカー並みに鮮やかな共同歩調で朝鮮学校に対する差別感情を蔓延させるような記事を書き立てた。実際その連携は胸糞が悪くなるほどに見事だ。産経が社説と一面を丸ごと使って朝鮮学校に対するヘイトを撒き散らす。すると朝毎読が実に恩着せがましい口ぶりでこうだ。「まあまあ大人になれよ、朝鮮人の態度は確かに問題だが、ここはこっちが日本人の度量を見せていっちょ仲間に入れてやろうぜ」そして最後にこう付け加える。「だけど朝鮮人もあんまり調子に乗っちゃいけないぜ。俺たちだっていつも優しいわけじゃないんだから、きっちり尻尾振ってご機嫌取るよう心がけろよ、(連中の脳内にしかない)『反日教育』はちゃんと見てるぞ」ってな。実に有難いお言葉だぜファック野郎。各紙の記者が夜中に仲良く編集会議を開いてるとしか思えないこの仲良しこよしの交換社説の中に「日本人側の責任や能動性」を求める声はない。カケラもない。何度でも繰り返す。ただの一欠片だって自分たちの醜悪な差別性を見つめる視線はありゃしない。


 民主党政権が即時適用以外の方法がない朝鮮学校の授業料無償化を、へっぴり腰と差別に対する鈍感さと事なかれ主義を盾に延々と引き伸ばしている間、全国の主要マスコミが取った態度がこれだった。そして11月に入ってから(これ自体が信じがたい)、やっとで無償化を適用する方向性がある程度明確な形で出てきた。すると早速産経がレイシズム丸出しのヘイトな社説を掲載した(http://bit.ly/b9sMHs)。そこに毎日がすかさず合いの手だ(http://bit.ly/924oCi)。タイトルからして素晴らしい。「開かれた教育へ脱皮を」だってよ。ケツ蹴っ飛ばすぞクソ野郎が。


 これが結論だ。これが2010年の日本のマスコミが示した結論だ。「可哀想だから朝鮮人も仲間に入れてやろうぜ。まあ連中があんまりオイタしないっていう前提でだけどな」。もう新世紀に入って10年が経ってるのにこれ。素晴らしすぎるユートピアの風景に目が回りそうだ。もちろん日本社会の全員がそうだなんて言いたいわけじゃない。今回も本当にたくさんの人達が力を貸してくれたことは忘れてない。


 だけどもし今回の無償化適用の流れを「運動で勝ち取った権利」と言うなら、それはあまりにもおぞましい勝利じゃないだろうか。だってもし負けてた場合、日本政府は在特会並みの脳味噌でないと出てこないようなレイシズム丸出しの根拠に基づいた差別政策を実行してたかもしれないんだぜ。もちろん、民主党政権が本気で朝鮮学校を無償化から除外しようとしていたかどうかは微妙な点もあると思う。少なくとも「政局」を見た日和見主義の判断が問題をここまで迷走させたという側面はある(まあこのイシューが「政局」になること自体が大問題だが)。そして産経が恨みがましく言うように、「結局のところ民主党政権朝鮮学校への無償化適用ありきの流れで動いていた」というのは本当かも知れない。まあそもそも論の繰り返しになるけど、無償化法案の中身と日本の法律と(産経脳には見えない)国際的常識に照らしてみたらそれ以外にやりようがないんだがね!!


 仮にそうだとしてみよう。民主党政権は自分たちが通した法案の性格上、無償化対象に朝鮮学校を入れざるを得ないのを分かっていて、ただ政局怖さにそれを延々と後回しにしていたと仮定してみよう。まさにそんな先延ばしをしたということが、しかもそれが許されたと言うことが問題の深刻さを物語っている。つまり朝鮮学校というのは「連中」にとってそういう存在なわけだ。ちょっとばかりの面倒を避けるために差別しても構わない存在なわけだ。そしてうるさく騒ぎ立てて来た上に、自分たちのルール上でも少々辻褄が合わなくなったら不承不承差別的な取り扱いを考え直す、その程度の存在なわけだ。繰り返しになるけれど、もう新世紀に入ってから10年が経ってるんだぜ。なのに連中は未だにその程度の認識しか持っていない。それでも朝鮮学校とその周りにいる在日コリアンは、自分たちを道端のいつでも踏みつぶせる蟻程度にしか見ていない権力に対して、あらゆるリソースを動員して異議申し立てをしていかなくてはいけない。


 果てしない徒労感で目の前が真っ暗になりそうなところに今度は有難い大マスコミ様の追い打ちだ。「まあ俺たちも体面あるしー、ちょっと可哀想だとは思うからペン先の端っこで同情するくらいはいいけどさ、お前らもあんま調子のんなよ。産経の言うことだって一理あるかもしれないぞ」と有難い忠告をのたまわってくれるわけだ。


 「自分たちの問題」として考える姿勢を全く見せず、ただ全てを「在日側の問題」としてだけ語るマスコミと、それを許すこの社会の空気。必然的にこの根強い差別的状況に対する「日本人側」の責任は免罪されて、「在日側」に向けられる視線だけが厳しくなっていく。それを示したのが産経・FNNの合同調査だろう。朝鮮学校への無償化適用に対して、回答者の実に60%が「望ましくない」という見解を示した。ヘイホー、実に素晴らしい「人権を大事にする先進国の日本」だね。もう何も言えないよ。


 結局の所、今回の無償化を巡る運動で在日側が「勝ち取った」ものは何だったんだろうか。ネガティブな言い方になるけれど、それは果てしない徒労感だったと思う。対して日本のマスコミは自分たちの「寛大さ」とそれを許す「過半数の世論」を手に入れて、権力はただ厄介事を振り払うようなぞんざいな措置しか執らなかった。実に大した「勝利」だよ。産経脳な皆さんは歯噛みする必要はないぜ。お前らが対価に貰ったものの方が今後よっぽど使い出がある。


 それでも「こっち側」としては、これが2010年の素敵でハッピーで楽園みたいで「住まわせてもらってるだけで有難い」日本の現状だと受け入れて、改めて疲れ切った足腰を立たせなきゃいけないわけだ。もう祖父母の時代から半世紀以上もずっと走り続けているんだけど。


 それでもゴールラインがどこにあるのかは分からない。前進してるんだか後退してるんだかも分からない。だけどそれでも構わない。状況がネガティブなのは分かってる。だからって止まって下向いてるわけにもいかない。そんなことしてりゃボコボコにされるだけだ。あっち側も大概だがこっちだって粘り強さじゃ負けない。泣いても笑っても死なない限りは明日がまた来るわけで、そうである以上は歩き続ける。


※この問題についてはこちらの記事も参照されたい。

−「東京新聞の腹立たしい社説」(http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20101023/p1
−「毎日新聞の腹立たしい社説」(http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20101107/2354167098